初回出稿日:2025年4月6日
年金分割(離婚時の) 合意分割(厚生年金保険の) 3号分割(厚生年金保険の) 標準報酬改定請求
本記事では、従業員等が離婚した場合の手続について解説します。
加えて、最後にコラムとして離婚時の年金分割について解説します。厚生労働省によると(※1)、令和5年度の年金分割の件数は32,642件で、同年度の離婚件数184,223件の2割未満にすぎません(※2)。制度に対する認知度が未だ低い状況にあると思われるため、ご参考として紹介します。
(※1)厚生労働省「令和5年度 厚生年金保険・国民年金事業の概況」
(※2)年金分割は会社員や公務員などが加入する厚生年金保険のみが対象ですが、(※1)によると公的年金被保険者6,745万人のうち約8割が厚生年金保険(又はその配偶者である国民年金第3号)被保険者であることから、年金分割件数の低さが目立ちます。
社会保険(健康保険、厚生年金保険)の手続
- (1)被扶養者関係の手続
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離婚によって、それまでの配偶者(及び場合により子なども)と親族関係でなくなるため、それら親族関係でなくなる者が従業員等の健康保険の被扶養者である場合、及び配偶者が国民年金の第3号被保険者である場合には、それらから外す手続が必要になります(※3)。
(※3)健康保険の被扶養者、国民年金の第3号被保険者となる要件については、「健康保険の被扶養者」、「国民年金の第3号被保険者」をご参照ください。尚、従来から生計維持関係にないなどの理由によって健康保険の被扶養者、国民年金の第3号被保険者に該当しない場合は、当然ながら手続は不要です。
協会けんぽ加入の場合
スクロールできます何を どこへ いつまでに 健康保険被扶養者(異動)届/国民年金第3号被保険者関係届 所轄の年金事務所 事実発生日から5日以内 - 協会けんぽに加入している事業所は、国民年金の第3号被保険者関係届と一体となった上記届を事業所を所轄する年金事務所へ提出します。
- 上記届の様式、記入方法や添付書類などについては日本年金機構「家族を被扶養者にするとき…」をご参照ください。上記届の様式、リンク先の説明は、親族を被扶養者にする(「該当」)ときと、被扶養者から外す(「非該当」)ときの両方をカバーしています。
- 手続は、e-Gov による電子申請も可能です。
健康保険組合加入の場合
スクロールできます何を どこへ いつまでに 健康保険被扶養者(異動)届 健康保険組合 事実発生日から5日以内 国民年金第3号被保険者関係届 所轄の年金事務所 事実発生日から14日以内 - 健康保険組合に加入している事業所は、健康保険の被扶養者(異動)届を健康保険組合へ提出し、国民年金の第3号被保険者関係届は年金事務所へ提出します。
- 健康保険組合への提出については、各健康保険組合へご照会ください。
- 国民年金第3号被保険者関係届の記入方法や添付書類などについては日本年金機構「家族を被扶養者にするとき…」をご参照ください。こちらは、e-Gov による電子申請も可能です。
- (2)氏名変更手続
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離婚によって従業員等に氏名変更がある場合は、以下の手続が必要になります。
スクロールできます何を どこへ いつまでに 健康保険・厚生年金保険被保険者氏名変更(訂正)届 事業所を所轄する年金事務所 変更後速やかに 但し、マイナンバーと基礎年金番号が紐づいている場合は、マイナンバーの氏名変更を行えば、原則、この届出は不要です(※4)。紐づけされているかどうかは、ねんきんネット(※5)または年金事務所にて確認できます。
届出が必要な場合、具体的手続は、日本年金機構「被保険者の氏名に変更があったとき」をご参照ください。e-Gov による電子申請も可能です。
因みに、雇用保険については、結婚によって氏名変更があっても必要な手続はありません(※6)。
(※4)マイナンバーと基礎年金番号が紐づいている場合でも、(協会けんぽではなく)健康保険組合に加入している場合は、別途、健康保険組合への届出が必要になります。また、マイナンバーと基礎年金番号が紐づいている協会けんぽの加入者でも、厚生年金保険の被保険者でない場合(70歳以上75歳未満の健康保険被保険者など)は、年金事務所への本届出が必要になります。
(※5)日本年金機構が運営するオンラインサービス。利用登録や利用方法は、日本年金機構:「ねんきんネット」ご利用ガイドをご参照。
(※6)以前は氏名変更単独で手続が必要でしたが、令和2年5月に氏名変更届が廃止されて以降、資格喪失届、転勤届、各種給付金の支給申請時など、他の手続を行う際に併せて届出を行うことになりました。従って、雇用保険bについては、他の届出書等にある氏名変更記載欄に記載するだけで済むようになっています。
扶養控除等(異動)申告書の取得
離婚による「給与所得者の扶養控除等(異動)申告書」の源泉控除対象配偶者や扶養親族に該当しなくなった場合には、速やかに同申告書を再提出してもらいます(※7)。再提出を受けた事業者は、以降の給与計算等において新たな「扶養親族等の数」を基に源泉徴収税額を計算します。
「給与所得者の扶養控除等(異動)申告書」及び「扶養親族等の数」については、「扶養控除等(異動)申告書について」をご参照ください。また、具体的な給与計算等については、給与計算に関する「控除項目の計算」、及び「賞与計算」をご覧ください。
(※7)所得要件などため従来から源泉控除対象配偶者や扶養親族に該当しない場合は、当然ながら手続は不要です。
その他の手続
- 離婚によって氏名変更があれば、労働者名簿や源泉徴収票など役所、税務署等に提出するもの(或いは提出を求められる可能性があるもの)については、最低限戸籍上の氏名に変更しておきましょう。
- また、緊急連絡先の更新など適宜必要に応じて行いましょう。
- 家族手当等を支給している場合には、給与計算の支給項目を変更するだけでなく、雇用保険料、社会保険料の変化にもご注意ください。雇用保険料は、給与支払の都度、総賃金に雇用保険料率(労働者負担分)を掛けた金額を控除するので、総賃金に含まれる家族手当等が変更となるタイミングで雇用保険料も変化します(※8)。社会保険料は、家族手当等を含む固定的賃金の3ヶ月平均である報酬月額が従前の標準報酬月額より2等級以上変化すると翌月から変更となります(報酬月額変更届を年金事務所等へ提出する必要もあります)(※9)。
- 結婚によって転居を伴う場合の手続は「従業員等の住所変更」をご参照ください。
(※8)給与計算に係る「控除項目の計算」ご参照。
(※9)「社会保険料の標準報酬月額とその決め方」ご参照。
夫婦の片方が厚生年金保険に加入し、もう片方が国民年金の第3号被保険者である場合、あるいは両方が厚生年金保険の加入者であっても標準報酬月額等に差がある場合、何も調整がなければ離婚後に貰える年金額に大きな差が生じる可能性があります。こうした状況に対し、婚姻期間中の報酬及びそれを基にした年金額は夫婦の協力によるものとの考え方から、離婚後に両者が受給する年金額を調整できる仕組みがあり、一般に年金分割と呼ばれています。
年金分割には、いわゆる合意分割と3号分割があり、以下、順に説明します。
尚、年金分割は(事業者に関わりのない)夫婦間の事柄であることから、本サイトの趣旨とは異なるトピックであるため、コラムとしてここに補記する形にしています。
- (1)合意分割
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離婚等(※10)をした夫婦(以下、「当事者」といいます)は、その合意により、一定の按分割合に基づき、婚姻等をしていた期間(以下、「対象期間」といいます)の標準報酬総額の分割請求を行うことができます。
- 相手方と合意ができない又は合意のための協議ができない場合は、家庭裁判所に申立てを行い、按分割合を定め、合意分割の請求を行うこともできます。
- 請求は、離婚等の成立した日の翌日以降、2年以内に行う必要があります(※11)。
- 年金分割とは、対象期間における当事者の標準報酬(※12)の総額を按分割合によって分割すること(それによって将来受給する年金額も分割されます)をいいます。(従って、厚生年金保険法では、年金分割のことを標準報酬改定請求といいます。)
- 当事者のうち、対象期間の標準報酬総額の多い方を「第1号改定者」、少ない方を「第2号改定者」と呼び、標準報酬総額の合計額に対する第二号改定者の標準報酬総額の割合を「按分割合」といいます。
- 合意分割における按分割合は、下限は分割前における対象期間標準報酬総額の合計額に対する第2号改定者の対象期間標準報酬総額の割合(つまり、分割により第2号改定者の持分が減少することはない)、上限は50%(つまり、分割により持分が逆転することはない)です。
- 当事者の双方又は一方は、合意分割を行うために必要な情報(対象期間標準報酬総額、按分割合の範囲、これらの算定根拠となる期間等)の提供を請求することができます(※13)。
(※10)離婚等とは、「離婚、婚姻の取消し、又は婚姻の届出をしていないが事実婚関係にあった国民健康保険の第3号被保険者がその資格を喪失し事実婚関係を解消したと認められること」をいいます。
(※11)2年経過後であっても、裁判所に申立て等をしていた場合は、その審判が確定した日等の翌日から6ヶ月以内であれば請求可能です。いずれにしても当事者間の協議は、離婚等成立前から始めておく必要があるでしょう。尚、報道によれば、厚生労働省は2年の請求期限を5年に延長する方針ですが、実施時期は未定です。
(※12)標準報酬月額及び標準賞与。正確には再評価率によって現在価値に換算した額を用います。
(※13)請求するには「年金分割のための情報提供請求書」を年金事務所へ提出します。
- (2)3号分割
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離婚等をし、以下の条件に該当した場合に、国民年金の第3号被保険者であった方の当事者(以下、「被扶養配偶者」といいます)からの請求により、平成20年4月1日以降の婚姻期間中且つ第3号被保険者であった期間(以下、「特定期間」といいます)における、相手方(以下、「特定被扶養者」といいます)の標準報酬を2分の1ずつ、当事者間で分割する請求を行うことができます。
- 請求には、特定被扶養者の同意等は不要です。但し、次の場合は3号分割の請求はできません。
① 特定被保険者が、特定期間の全部を障害厚生年金の額の計算の基礎とする障害厚生年金の受給者であるとき(※14)。 ② 離婚等をしたときから、原則として2年を経過したとき - 合意分割は、婚姻等をしていた期間全てが分割の対象であるのに対し、3号分割は、被扶養配偶者が国民年金の第3号被保険者であった期間且つ平成20年4月1日以降の期間に限定されます。
(※14)障害給付の受給権者保護の観点から、受給権者の同意を前提としない3号分割の対象外となっています。但し、特定期間の一部のみが障害厚生年金の額の計算の基礎となる期間である場合は、その計算の基礎となる期間を除いた特定期間について、3号分割の請求を行うことができます。
合意分割の請求を行う際、その対象期間に特定期間(3号分割の対象となる期間)が含まれている場合には、合意分割の請求によって合わせて3号分割の請求があったものとみなされます。従って、3号分割の請求は、3号分割のみを行うときに行い、合意分割と3号分割の両方を請求する場合は合意分割のみ請求することになります。
分割された年金は、原則65歳の受給開始年齢になってから自分の年金に加えて国から受け取ることになります。尚、分割された年金は、受給者が再婚しても(※15)、或いは分割した相手が死亡しても、消滅することなく受給することができます。
年金分割関連の請求書フォーマットや記入方法等については、日本年金機構「離婚時の年金分割」から取得することができます。
(※15)受給権者が再婚すると消滅する遺族厚生年金とは異なります。
以上